第5章 オリンピック後の大学選手権
それから久美子は、若林コーチの指導を素直に聞き入れ毎日練習に励みまし
た。そして、技術的にも精神的にもたくましく成長した久美子は、8月に行なわれ
たオリンピックで完璧な演技を披露し個人総合優勝、さらに種目別の平均台・
段違い平行棒・跳馬・床の4種目を完全制覇、念願の金メダルをなんと一人で
5個も獲得したのでした。
久美子は一躍オリンピック・スーパーヒロインとして祭りあげられ、日本帰国後
はテレビ・雑誌の取材が殺到し、連日人気タレントのような過密スケジュールを
こなしていました。
9月になって、東都体育大学体操部は月末に行なわれる大学選手権大会に
向けて強化練習が始まりました。東都体育大学体操部は大学設立以来昨年
まで9年連続して男子団体・女子団体共アベック優勝が続いていて、今年は
記念すべき10連覇がかかっていました。
したがって、体操部員は気合が入った強化練習を行ないましたが、久美子
だけはヒロイン気分が抜けきれず練習がおろそかになっていました。久美子
は、オリンピックという世界の最高舞台で個人種目完全制覇した私なら日本
の大学選手権なんてちょろいもんだわという多少なめた気持ちでいました。
そしていよいよ大学選手権大会の日を迎え、初日に行なわれた男子団体
では東都体育大学体操部が見事に東都体育大学体操部しました。
その翌日、大会二日目は注目の女子団体が行なわれました。下馬評では
圧倒的優位が予想された東都体育大学体操部でしたが、ライバル校の頑張り
と練習不足で精彩を欠いた久美子の不調で接戦となりました。ライバル校は
6人の選手全員が4種目すべてを終了、東都体育大学体操部は最後の種目
平均台の演技を5人が終え久美子の演技を残すだけとなりました。そこまでの
点数集計では、久美子が9.5点以上取れば優勝、つまり一度も落下しないで
無難に演技を終えれば東都体育大学体操部の10連覇達成という状況になり
ました。
そのような緊張した状況の中で、ついに久美子の平均台の演技が始まりまし
た。久美子は平均台から落下だけはしないように慎重な演技を心がけました。
しかし、練習不足でベスト体重から3キロも重い体にいつものキレがなく、宙返
りの着地に失敗し平均台から落下していまいました。
この瞬間、10連覇達成を期待していた東都体育大学体操部の応援席からは
ため息が漏れました。久美子はしばらく茫然自失状態でしたが、若林コーチの
「久美子、平均台に戻って演技を続けなさい。」という声に促され演技を再開し
ました。しかし、もう緊張の糸が切れたのか、その後立て続けに3回落下し、
とうとう途中で演技を放棄してしまいました。
その結果、女子団体で東都体育大学体操部は優勝を逃しただけでなく、7位
という惨めな順位に終わりました。